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 神田小川町のオリンパス・ギャラリーで開催中の「ズイコーデジタルアカデミー講師による、E-3 写真展」を覗いてみた。石垣島のツアーでお世話になった講師の清水淳さんも参加されているので。講師陣の写真を一通り見て回ってから、ショールームに入ってみる。残念ながら今度発売になるE-520用の防水プロテクターは展示されてなかったが、いつもの女性ではなく、男性二人が担当で詳しい話を聞くことが出来た。PT-E05のこと、UFL-2のことなど。新開発のUFL-2は光ファイバーケーブル接続の外部フラッシュだが、かなり高価でもあるのでどんなものかと考えていた。しかし旧来のFL-20やFL-36も専用プロテクター経由で接続できるとのことなので、大型のシステムを組まなくても最小限の構成が可能のようだ。といっても、E-520は持っていないので別に検討しなければならない。本当をいえばE-420がそのまま使えるプロテクターが用意されれば良かったのだが。E-410用のPT-E03も中古でも入手困難なのでどうしようもない。ヤフオクに出ているのも見たことがない。
 帰りに松坂屋銀座店で開催中の中古カメラ市に寄ってみた。人出もさほどではなく閑散とした印象。OMシリーズも各店のブースで出品されている。1時間ほどあれこれ物色して、結局ズイコー28mm用の革製レンズケース(300円)を購入して帰還。


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Olympus 35IVa 実写

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 大分遅くなってしまったが、Olympus 35IVaの実写画像をアップしてみたい。撮影はOM-1の作例で撮ったのと同時だ。被写体は神田ニコライ堂と湯島聖堂。以前の記事で書いたようにナオイカメラでオーバーホールを受けたわけだが、レンズもカビが生えていたのを清掃してもらった。研磨し直しとまではいかないが、白濁も取れかなりきれいになった。撮影当日はピーカンとあって、強い光がハレーションを起こしているようだ。日光の弱い日にもテストしてみたが、何れの場合もうす靄をかぶったような感じがあるのは否めない。まあ、旧いカメラなのだし、その辺はやむを得ない。それより数十年ぶりに復活したカメラで写真が撮れたことにちょっと感動した。あえてモノクロームで撮ったのは、昔のような気分に浸ってみたかったので・・。


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ジャンク館で

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 中野のFカメラを徘徊中に見つけたのは、OM-1のアクセサリー・シュー。OM-1Nになってシューは標準装備となったものの、それより前の機体ではオプション扱い。したがって、クリップオン・ストロボなど付けようと思えば必須。ヤフオクなどでもSHOE 2やSHOE 3は見かけるがOM-1用はあまり見かけない。ジャンク館で、それを525円で入手。助かった。どうしようかと思っていた。ショーケースの中に、OM用のバリアングル・マグニファイヤーも発見。一応、見せてもらう。手に取って覗いてみた。使えそうではあるが、どうするか。それが必要か。しばし迷う。結論を保留して、先に現像上がりの写真を取りに行った。あれこれ考え、結局買っておくことにした。ZD14-54の修理代が思いのほか安く済んだこともあって、予算も余っていた。3,150円也。OM-1で花マクロを撮るのに活用したい。


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OM-1 デビュー

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 今日は小川町に出かける日。依頼してあったZD 14-54mmの修理が上がる日なので。実は新宿御苑で桜を撮った時。出動予定が大幅に遅れたりしたせいで気持ちに余裕がなく、E-1にレンズをつけようとしてごろんと転がしてしまったのだ。しゃがんだ姿勢だったし、土の上にだったけれど生憎マウントが変形してしまった。レンズの取り付けは不可能。この日はE-3につけた70-300とE-1の8mm Fisheyeで頑張るしかなく、かなり苦しかった。やはり、常用している標準を欠くのはツライ。撮影を終えて小川町に直行。サービスに持ち込んでの有償修理となると最低でも工賃が6,900円から。マウントの変形は交換するとして、ピント調整なども行う必要があり中修理となれば1万数千円以上はかかるようだ。上限30,000円という条件でお願いした。それ以上なら他のレンズを買った方がいい。
 結局、部品代は260円と安く工賃を加算しても7,000円強。ズイコー会員割引もあって6,700円ほどで済んだ。ほっとして帰り際にOM-1を取り出してOLYMPUSのロゴを撮影。記念の1枚目だ。その後坂を登ってニコライ堂で何枚か撮った。ついでに持って来た35IVaも取り出して、より旧い機体で歴史ある建築物を撮影。早くフィルムを使い切ってDPEに出したいので、湯島聖堂まで足を伸ばした。お茶の水から中野駅へ。Fカメラのサンモールのショップに現像を頼んで、仕上がりまで本店やジャンク館を冷やかして過ごす。ここで収穫もあったのだけれど、その詳細はまた次ということで。帰宅後、スキャナーに透過原稿ユニットを載せてスキャン。デジタルデータにした後Photoshopで糸くずやゴミを除いてからMBPのLightroomに読み込んで調整。と、書けば簡単そうだけれど結構な時間を費やしてしまった。それなりに費用もかかるので、改めてデジカメの有利さを思う。これじゃ市井の写真屋が潰れて行くのも尤もだ。みんながデジタルに移行したんではね。しかし、今回OM-1を手にしてフルマニュアルの震えるような緊張とほのかな喜びを感じたのも事実だ。銀塩一眼レフは大学時代のPENTAX以来だけれど、DSLRで経験を積んだおかげで何となくマニュアルの勘が働いているように思う。光線を感じて先に露出を決めてしまえば、後はカメラの露出計で何とかなるものだ。デジカメに対抗して銀塩に拘る人がよく言う「現像が上がるまでの、ドキドキ感が堪らない」の台詞もなるほどと思った。確かに、撮れてるかどうかハラハラする感じも新鮮でいいのだった。趣味性でいったら銀塩に過ぎるものはないのかも知れない。
(写真 OLYMPUS OM-1 G.ZUIKO 50mm F1.4 film KODAK GC400)
注、聖堂の屋根上のしゃち=鬼犾頭(きぎんとう)というらしい=右上の白い点は、ゴミではなくて月です。


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 かなりヤバいことになってしまった。これだけは嵌るまいと思っていた、OMシリーズ。かなり危険です。OMだけでも膨大なシステムが構築され、中古市場に出回っているわけで。一歩足を踏み入れると、あれもこれもという、泥沼に引き摺り込まれる恐れが。ああ、しかしもう禁断の一歩を踏み出してしまったのだなあ。中野のFカメラにOM用のZuiko 50mm F1.4が中古で出ているので見に行った帰り。モノは売れてしまっていて、ちょっと残念な思いを抱いていた。南口にもカメラ屋があって、ついでに覗いたのが運の尽きということ。非常に奇麗なOM-1を発見。50mm F1.4つきで。普通はブラック・ボディは一部が剥げたりしているものだが、ワン・オーナーだったのか、外見も内部も奇麗。カメラケースもついている。更に更に、ワインダーである。触っているうちに、もういけなかった。結局、銀行に走ることに。中古の場合、また今度はない。永遠のお別れだと知ってしまっているので。
 OMのボディを見ているとやはり、惚れ惚れとしてしまう。美しい。しかし、E-SYSTEMも抱え込んでいるというのになあ。一体、この先どうなってしまうのでしょう?


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Olympus 35

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 人形町のナオイカメラサービスに依頼していたOlympus 35の修理が上がったので、引き取って来た。福岡に帰った時、永らく放置してあった個体を連れて来たのだ。亡くなった父の形見で1953年発売のIVa型となる。まず、フィルム交換しようにも裏蓋が固くて外れない。レンズにもカビがあるが、何といってもシャッタースピードを選択するダイヤルが固着したかのように動かない。小川町のオリンパスのサービス拠点に持って行ったところ、部品が既にないことを理由に修理を断られてしまった。まあ、それは当然だけれどビンテージにはもっと他の対応があるかと思った。個体をバラして修理する際に、何かのパーツが(旧いので)壊れる可能性もあり、開けられないというのだ。職人気質が失われたということではないにしろ、最近の修理は概ね部品の交換で済ませているのではないだろうか。ひどければ個体を丸ごと交換ということになる。従って、部品のストックがなければどうにもならない。それは会社としても半永久的にパーツを保存するわけにもいかないだろうから、経営上の方針として理解は出来るのだが。ガラス製のフィルム圧板に欠損がある点にも難色を示された。フィルムを入れても傷がつくだろうというのだ。結論として市井のクラシックカメラの修理業者に預けるしかないということだ。少し寂しい思いを抱いて小川町を後にした。あまり費用が掛かるようなら諦めて飾り物にするしかない。WEBでカメラ修理の分野を調べ、東京でもアクセスが容易そうな人形町のナオイさんの所を選び、相談してみることにした。ネット上の評判も考慮した。ナオイカメラサービスは人形町の裏通りの雑居ビルの3Fにあった。件の個体を見せると、シャッターの分解に関しては問題ないし、圧板もフィルムの乳剤面に傷が付くことはないだろうとのことだったのでオーバーホールをお願いした。ナオイ氏はかなりの年配の大柄な方で、手狭かと思える店内は旧いカメラやパーツのストックで溢れ返っていた。やはり、カメラの修理には長年のキャリアとカメラ一般に対する熱情が必要なのではないだろうか。修理なったIVaはシャッターも軽やかに切れ、鮮やかに復活した。人形町からの帰途に新宿のヨドバシに寄って、モノクロとカラーフィルムを少し買い込んで来た。フィルムを買うのは何年ぶりだろうか。何だか妙に新鮮な思いがした。一応、フィルムスキャナーもあるのでDPEが上がったら画像をアップしてみたい。


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